STORY

Story of Yuichi Hayashi

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創作の衝動

幼少期に習ったのはクラシックピアノでしたが、当時の私にとって音楽はまだ「好きなもの」ではありませんでした。何より好きだったのは、絵を描くこと。将来は絵描きになりたいと思っていました。 どこか他人事のまま過ごしていた時間が動き出したのは、中学2年生の頃です。初めて自分専用のCDラジカセを買い、誰に言われるでもなく音楽を聴き始めたとき、自然に「自分でも作ってみたい」という気持ちが湧き上がってきたのです。

通学の自転車に乗りながら、鼻歌でメロディーを口ずさむ。気づけばそれは誰の曲でもない、自分のオリジナルになっていました。忘れないように家まで口ずさみ続け、帰るとすぐに楽譜に書き留める。コードも理論も何も知らない。あるのはただ、純粋な創作の衝動だけでした。高校に入ると、そのメロディーを完成させたい一心でシンセサイザーを購入し、一人で試行錯誤を続ける日々。誰に評価されるわけでも、将来が見えていたわけでもない。それでも、作ることだけはやめられませんでした。

ジャズとの出会いと「呼吸」としての音楽

大学で出会ったジャズは、最初は「勉強」のつもりでした。けれど、人と音を重ね、即興でやりとりするうちに、その面白さが身体に染み込んでいきました。やがてジャズは「自分の居場所」になる感覚を教えてくれる、心から好きな音楽になっていたのです。 一度は就職したものの、仕事を終えてピアノに向かう時間だけが、自分を呼吸させてくれる唯一の時間でした。「このままでは後悔する」。その直感に従い、半年後には退職を決意。20代半ば、オリジナル曲を中心としたピアノトリオでの活動を開始しました。

「自分にしかできない音楽」を求めて

プロの世界に揉まれ、圧倒的な才能に打ちのめされる中で、問い続けました。「自分にしかできない音楽とは何か」。 辿り着いたのは、技巧や派手さではなく、叙情的な旋律を内省と解放で表現すること。それは、かつてから惹かれていた北欧ジャズの感触と、不思議と重なっていました。

やがてメンバーが固定となったトリオ「TRISPACE」では、三人で生まれる「間」と「余白」を何よりも大切にしました。イタリアツアーやスウェーデンの聖地ニレント・スタジオでの録音を通じ、言葉も文化も違う場所で自分のオリジナル曲が確かに伝わっているという体験は、大きな喜びと確信をもたらしてくれました。

自分の名前で立つ。今、この瞬間を鳴らす

10年間の活動を経てTRISPACEを解散したのは、後ろ向きな終わりではなく、次へ進むための自然な節目でした。新たなメンバーと共に、あえて特定のバンド名を付けず「林祐市トリオ」として歩き出したのは、何かに隠れるのではなく、自分自身の名前で立ちたいという覚悟からです。

今のトリオは、個々の感性が共鳴し合い、自分一人では想像もできなかった景色を見せてくれる唯一無二のユニットです。結成から6年が経った今も、この3人で音を出し、初めてオリジナル曲を演奏した瞬間の感動は、まったく色あせることがありません。

これからの歩み

初期の衝動から始まった音楽は、遠回りをしながら、今も同じ場所を目指して鳴り続けています。
これからも、自分の音楽を演奏し続けていきます。 そして、それに共鳴してくれる誰かと、出会いたい。