【エッセイ】心の真ん中で決める
情報が瞬時に手に入る現代は、一見すると非常に便利だ。しかし便利さと引き換えに、私たちは「自分を見失うトラップ」が至る所に仕掛けられた世界を生きている。
巷にあふれるシステムは、人の劣等感や承認欲求を巧みに煽り、そこへのアクセスを止められないような「依存」を作り出していく。放っておけば、私たちの時間はあっという間にスマートフォンに、そして外側の幻想の世界に乗っ取られてしまう。
だからこそ、スマホを閉じ、意識的にそのアクセスを断ち切る必要がある。いかに自分を操られずにいられるか。それは、日々、心地よく健やかに生きていくために、大切にしたいこと。
「これは本当に、自分が求めていることなのだろうか?」
情報が溢れ、次から次へと新しい価値観が差し出される世の中では、平常心を保つだけでも一苦労だ。「こうあるべきだ」と言う人がいれば、別の人は全く違うことを言う。常識はこうだ、普通はこうだと、外側から静かに、時に激しく迫ってくる。
そんな喧騒の中で、立ち止まり、自問自答を繰り返す。 ──本当は、自分はどうしたいのか?
誰かに言われて始めたことと、自分で「そうしよう」と決めて歩き出したこととでは、心の腑に落ちる度合いが全く違う。自分で選んだ道ならば、何が起きても、それを自分のストーリーとして受け入れることができる。だから私は、自分が心から納得し、腑に落ちたことと丁寧に付き合っていきたいと思っている。
自分の心の真ん中で決めないまま物事を進めてしまうと、上手くいかなくなった時、環境のせいや、誰かのせい、あるいは過去や何かのせいにして、言い訳を探したくなってしまう。大事なのは、誰のせいにもせず、自分の人生の舵を自分で握ることだ。
だから、私は自らの内側に問いかけたい。 「それは、誰かに評価されるため? メリットがあるから? 外側からの情報に流されているだけではないか?」
求めるべきは、もっと内側から湧き上がる純粋な衝動だ。「やりたいから、やる」。それだけで十分であり、そこに理由などはいらない。
ただ、その純粋な衝動に気づくために、心を静かにする時間が必要なのだと思う。フラットな状態でいれば、答えはいつだって内側から自然と浮かび上がってくる。
自分で決めるということは、自分の人生に起きることのすべてを、そのまま引き受けるということ。何かのせいにできない怖さはあるけれど、だからこそ、本当に自分が望む心地よい場所に辿り着くことができるんだと思う。
情報に流されず、内なる声に耳を澄まそう。 自分の心が納得する感覚を軸にして、今日も生きていきたい。








